読書録と自分のコト

読んだ本の感想と自分のことを書きます

米原万里の「愛の法則」

著者について

米原万里(よねはら まり)。1950年東京生まれ。作家、エッセイスト。少女時代プラハソビエト学校で学ぶ。ロシア語会議通訳として多方面で活躍。

愛の法則

なぜオスとメスがいるのか

生物界には、アメーバのように細胞分裂で殖えていく生き物もいれば、メスだけで単為生殖を繰り返す生物もいる。同じ個体が環境の変化によってオスになったりメスになったりする生物もいる。

キリスト教世界の、ヨーロッパ系の言語では、「人間」を表す言葉が「男」を表すのと同じ言葉を使っている場合が多い。 英語も同様に、「man」には「男」という意味と「人間」という意味がある。「woman」は人類の傍流のように思いがちだけれども、純正物学的に見ると女が本流である。メスが本流で、オスなしでも存続することができる。しかし、メスだけの生殖だと子供はメスの完全なコピーになる。コピーを繰り返していくと、遺伝子の情報がどんどん摩耗してコピーできなくなってしまう。オスがいることで、メス親とオス親の遺伝子がミックスされ、全く新しい形質の子供がつくられる。人類が進化して、変化するためにはオスが必要である。

メスは量を担いながら質を追求する、オスは量を追求しながら質を担う

メスが多いと次の世代が量的に多くなり、オスが多いと次の世代の質的変化の幅が大きくなる。オスがなるべく多くのメスと交わって次の世代に自分の遺伝子を継承する個体の量を多くしようとする一方、メスはなるべく優秀なオスを見つけて優秀なオスと交わろうとする。つまり、オスは量を追求しながら自分自身では質を担い、メスは量を担っていながら質を追求していて、オスとメスとでは完全に分業されている。

オスはサンプル説

オスは環境の激変のあった時にたくさん死んで、たくさん生まれる。有事の際に適応できるタイプだけが遺伝形質を伝えることができる。その環境の変化はどのように母体に伝わるのか。決定的なことはまだ分かっていないが、一説では栄養過多の場合女の子が生まれ、栄養が行き届かないと男の子が生まれるらしい(栄養素の割合はタンパク質が関係しているとか)。オスの方が種として多様性がある。種としてはみんな同じになると、激変が起こった時にみんな滅びてしまうので、好みの偏在は種の生存のための保険のようなものである。

国際化とグローバリゼーションのあいだ

「国際化」と「グローバリゼーション」の溝

日本語では「国際的」と言う時と「国際化」と言う時に、同じ「国際」という言葉を使っている。英語では「国際的」にはインターナショナルという言葉を使うが、「国際化」はインターナショナリゼーションとは言わない。辞書では、インターナショナリゼーションは「国際共同統治化」という意味と記されている。では日本語で言うところの「国際化」はどう訳すかというと、辞書ではグローバリゼーションあるいはグローバライゼーションと訳している。

日本人が「国際化」と言う時には、国際習慣に合わせる―グローバルスタンダードとよく言われる世界標準に合わせるという意味で使われている。しかしグローバリゼーションというのは、イギリスやアメリカが、自分たちの基準で、自分たちの標準で世界を覆い尽くそうという意味なのである。

日本にとって、その時々の世界最強の国が世界

世界に自分たちを合わせなくてはいけない、と日本が考える時の世界とは、その時点での世界最強の国である。何を基準に最強と見なすかというと、基本的には軍事力と経済力だけを見て、文化を見ない。

英語偏重のはらむ危険

外国語を学ぶと、普段日本語でものを見たり考えたりする時にあった常識がひっくり返るため、自然に批判精神や複眼志向が身につく。しかし、英語の同時通訳者はその力が非常に弱い。

第一の原因は、日本があまりに英語一辺倒な社会のため、英語を同時通訳できるぐらいまで学ぶ人が多く、その競争の中で生き抜いて採用されていく人はどうしても優等生タイプになってしまうからである。

第二は、英語しかできないので、英語の情報をつい入れてしまうからである。

第三は、外国語を学ぶと必ずかかる病気というものがある。学んだ外国語、外国文化を絶対化するという病気、もう1つは逆に日本の方が優れていると自国と自国文化を絶対化する病気である。この病気を克服するためには第3の言語を身につけると良い。それによって初めて、第一外国語を突き放して冷静に見ることができるのである。

6000もの言語も実は10ほどの大家族

世界には6000ほどの言語が存在するけれども、それらは親戚関係で10くらいの家族に分けることができる。これは発音や文法の類似で分類されている。日本語はおそらくウラル・アルタイ語族と太平洋南部のポリネシア語族が合体して、ミックスしてできた言語だと言われている。

またもう1つ別な方法で分類すると、3つに分けることができる。これは単語をどのようにして1つの文章にまとめるか、ということに注目している。こうすると、孤立語膠着語屈折語のどれかに分類される。

孤立語

英語と中国語、あるいはヴェトナム語など。動詞が全く活用せずに、文章中の単語の役割が語順によって決まる。語順にとても厳しい代わりに、言葉はあまり語形変化しないし、助詞もない。

膠着語

日本語やハンガリー語トルコ語など。1つの言葉に他の品詞が付け足されてくっつく。膠着語は「て・に・を・は」が語尾につくことで文中の言葉の役割が決まるため、あまり言葉そのものは変化しない。単語の文中における役割は「て・に・を・は」によって決まるので、述語の手前の語順は自由自在である。

屈折語

ロシア語やフランス語など。言葉の文中における役割が言葉の語尾や語頭、言葉の変化、屈折によって決まる。相対的に語順は自由になるが、代わりに語尾変化や人称変化など、屈折の法則を覚えるのに苦労する。

第3の言語を選ぶ時、日本語が膠着語で英語が孤立語なので、屈折語を学ぶと脳みそがやわらかくなる。

理解と誤解のあいだ

通訳のプロセス

通訳は時間との戦いである。いい訳を選ぶために考えたり調べたりしている時間がないため、事前にできるだけ自分の頭の中の辞書を豊かにしておく必要がある。様々な単語や文型、表現を日頃から大量に記憶して定着させておかなければならず、それらが必要な時に瞬時に出てくるような半永久的な記憶力が必要である。またさらに重要なのが、瞬時の記憶力である。限られた時間の中で訳し終えるまでのメッセージを忘れないようにする必要があるからである。

同時通訳のテクニック

大事なのは発信者の言いたいことをいかに伝えるか、である。伝える情報量を変えることなく、シンプルな形に省略していく(枕詞や前後の文脈などから明らかなものを排除していく)。

通訳と翻訳の違い

小説を楽しめる語学力があれば通訳になれる

その外国語と日本語と、両方で小説を楽しめるくらいの語学力があれば通訳になることは簡単だ。辞書を引かずに本を読み通すことが効果的である。いちいち辞書を引くと興味が薄れて、途中で挫折してしまう。わからない単語は前後関係や言葉の構成要素で理解していく。安易に辞書を引くと、その言葉に対する関心度が低いためなかなか覚えられないが、たぶんこういう意味だと推測して、読み終わったあとに辞書を引いて当たっていたとなると心に残る。生きた言葉を身につけるためには、読書が最適な学習法である。

自分のコト

まとめではいくらか端折っているけれども、生物学的な話、国際化の話、言語の話、通訳の話と盛りだくさんなエッセイでした! オスはサンプルという説は結構興味深かったですね。とにかく多種多様なサンプルを用意して、強い遺伝子だけが次の世代に引き継がれていく…といったところでしょうか。国際化の話に関しては、かなり頷けるところが多かったです。日本は長い歴史を見ても、中国、オランダ、アメリカなどその時代に一番強い!と思った国の文化を真っ先に取り入れていますね。

言語の話をすると、6000もの言語を3タイプに分類する話がありましたが、幸運なことに、私は日本語、英語以外にイタリア語をある程度学んでいます(イタリア語を学んだのはイタリア(の料理や建築や雰囲気)が好きだという単純な理由からです…!)。批判精神や複眼志向が身についているといいのですが…!私は言語を学ぶ時、文化も合わせて学びます。特にスラングが好きで、英語だとアメリカやイギリスのドラマを見たりします。イタリア語に関しては、短期留学で滞在したことがあります。現地の人と話すとスラングを聞くこともあるわけですが(たいてい悪口などの汚い言葉ですがw)、そういう時はこれは英語や日本語には訳せないなーということも多いと思います。海外旅行でもなるべく英語ではなくその国の言語、文化をある程度学んだ状態で臨むように心がけていますが、本当の意味での国際化はそういった心がけから始まるのかもしれません。

↓本はこちら

米原万里の「愛の法則」 (集英社新書 406F)

米原万里の「愛の法則」 (集英社新書 406F)